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http //yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1273071103/317-330 「ねえ、あんたにお願いがあるんだけど」 あれから桐乃は『人生相談』を持ちかける事はなくなった 寂しい限りだな そう、俺が思っていると誤解している諸君 間違えてはいけない もともと人生相談なんて軽々しくするものじゃない だからこそ、去年、桐乃が俺に『人生相談』を持ちかけた時には真剣に切迫詰まっていたのだろう だが、おかげでようやく俺達兄妹は、目を背けてはいけない、どうしようもなく家族であることを知った 少なくとも俺はそうだと信じてる だから、桐乃の『人生相談』が『お願い』になったとしても、同じように受け入れてやろうと思ってた まあ、初っぱなから「彼氏になれ」とか無茶苦茶な『お願い』だったけどさ まあ、その結果は諸君の知っての通りだが べっ、別に泣いてなんかいないんだからね(涙) で、今度はどんなお願いなんだ? 「で、なんだ?その『お願い』ってのは。今日は気分がいいから、特別に聞いてやるぞ?」 「うっえ、気持ち悪っ!こないだからアンタなんか勘違いしてるんじゃないの?」 …相変わらず容赦ねーな オーケー、オーケー、これくらいどうってことはない いつもの桐乃だ 俺が目に涙を溜めてるように見えたとしたらそれは仕様だ 「別に大したことじゃ無いんだから、貸しだなんて思わないでよね」 「思わねーよ」 だいたい、お前の頼み事に一々そんなこと考えてたら身が持たん 「で、なんだ?言ってみ?」 「えっと、言いにくいんだけど…た、お誕生日のね、ケーキを買ってきて欲しいの!」 なんだ、普通じゃないか?それのどこが? 確かに今まで大っ嫌いだった兄貴に誕生日のケーキをねだると言うのは気恥ずかしいだろうが、 って、あれ? 「ちょっと待て、桐乃?お前の誕生日はとっくに…」 「はぁ?なに言ってんの? 綾花ちゃんの誕生日に決まってるでしょ? っていうかあたしが実の兄に誕生日を祝えっておねだりするとか思ってるわけ?…キモ」 綾花ちゃんというのは相変わらず桐乃がはまっているラブタッチというゲームのヒロインだ ゲームのキャラクターの誕生日を祝う方がよっぽどキモいと思うがここは言わない方が賢明だろう 「買い物ぐらい付き合ってやんよ。駅前のケーキ屋さんでいいか?」 「はあ?あんたバカ? 地味子ならともかく、綾花ちゃんにそんなもので許されると思ってるわけ? だからあんたはモテないのよ。」 「うっせーよ。毎度毎度心をえぐるようなことを言いやがって」 とはいえ確かに桐乃が言う通り、ゲームの中とはいえ恋人に贈るプレゼントは特別なものなのだ 桐乃なりに精一杯恋人の誕生日を祝いたいのだろう 「わかったよ、どこへでも行ってやるって。んで、何処まで行けばいいんだ?」 「…わかんない」 予想外の返答に俺は戸惑ったが、考えてみればたかがケーキを買いに行くだけで桐乃が俺に『お願い』をするはずがない 「いや、それだといくら俺でも買えないよね、ケーキ」 ごく当たり前の反応に、桐乃は軽く逆ギレ気味に答えた 「せ、正確に言うとね、だいたい目星はついてんの」 そう言って桐乃はノートパソコンのブックマークを開いて、数件のお洒落なケーキ屋を俺に紹介しながら話を続けた 「ラブタッチはリアルが売りのゲームだから、恋人の誕生日に下手なお店で買ってきたケーキでお祝い、なんてできるわけないじゃない? だから今回はね、メーカーとショップが特別にコラボして『綾花たん生誕祭』をやるの。 ただ、事前に大々的に公開しちゃうとすぐに売り切れになっちゃうでしょ? 転売ヤーとか意味わかんない連中も綾花ちゃんのケーキを買ってプレミアつけて売ったりするだろうし…」 俺にはお前も意味わかんないけど、大事な人のために贈ろうとしたものが横取りされたら悔しいもんな 「でね、ネットに公開されたケーキの画像から、何件か候補が上がってて、多分代官山のここはトラップで、あたしは青山のここだと思うんだけど、自由が丘のこのお店も捨てがたいのよね」 そう語る桐乃が開いている限定ケーキの写真の写ったホームページと、ケーキショップの画像を見比べた俺はマジでビビった ホームページに掲載されていた写真はこれがケーキだと言われなければ気づかないようなぼやけた写真だ そこからショップをほぼ特定してるのだ オタクっていうのはみんな特殊工作員か何かっすか!? すげえな 「ちょっとあんた聞いてるの?」 むすっとした桐乃がそんな俺を見とがめる 「あ、ああ、悪い悪い、で、俺はお前と青山に行けばいい訳か」 「それじゃあんたに頼む意味ないじゃん。 あたしが青山に行くからあんたは自由が丘。 もし予想が当たってれば等身大綾花ちゃんフィギュアとツーショット撮影できる限定イベントもあるんだから、万が一にも外せないの」 真剣な面持ちで語る桐乃には悪いが、俺はそんな恥ずかしい証拠写真を残したくないので、桐乃の指示通り自由が丘に行くことになった その『綾花たん生誕祭』当日の自由が丘の朝 お洒落で少し懐かしい街並みの中に、どう見ても場違いな行列が出来ていて、俺はその列の比較的後ろの方に並んでいた モンサンクレール 自由が丘のちょっと丘の上にある、まさかゲームのキャラクターの誕生日ケーキを売り出すとは誰もが思いもしない超有名店だ そこにオタクの列がぶわっとできているのだ 静まり返った朝の街 ここが本当に『綾花たん生誕祭』をやる、と、明確に示すものはなにもない しかし、ここに間違いはないと確信を持って並ぶ男女の列 携帯ゲーム機を持ち出して、恋人と毎朝の愛の言葉を交わす勇者もいる また、ラブタッチのヒロイン、綾花を全面にあしらった携帯ゲーム機をチラ見せしては鞄に仕舞っている少し年季の入ったオタクの人も居る そこに、これから出かけるとおぼしき人達がひそひそ話をしながら通りすぎていく さすがに気まずい そんな気まずい思いをしている俺に、 「京介さん?」 と、背後から誰何する女性の声が聞こえた マズい…非常に、まずい… こんな姿を知り合いに見られたら、まず終わりだ 正直赤城と「ホモゲ部」の深夜販売に並んでたと知られるよりダメージがでかい ホモゲ部は瀬菜の買い物だから一部の腐った皆様以外にはすぐに誤解とわかるだろう だが、ラブタッチは違う まず秘密を守ると約束した桐乃の買い物だし、こいつはそもそも恋愛シミュレーションゲームだ 桐乃の秘密を守ったとしても、俺が残念な人に思われることはまず間違いない ん、待てよ? …っていうか、そもそもこんなところに、俺の知り合いで、俺を京介さんと呼ぶような奴って居ないよね? 意を決して振り返るとそこには… …すっごい美人がいた 長身でグラマラスな彼女は初夏らしい清楚なワンピースに身を包み、はにかむ様に俺をまっすぐに見ている さらさらの髪が一瞬風に流れる ヤバい 胸がドキッとした …ていうか、誰? お互いに見つめあう数秒の空白の後、彼女はおもむろにバッグからぐるぐる眼鏡を取り出してそれをかけてこう言った 「これは失礼した、京介どの」 「俺のときめきを返せえええ!」 思わず叫んだ俺に周囲の注目が集まる 『なにこいつ』『場違いじゃね?』『つーかリア充氏ね』 そんななんとも言えない雰囲気が辺りに立ち込めるが、彼女は気にせず続ける 「ところで京介氏、本日は何ゆえにこんなところに?」 「…桐乃の買い物だ。なんでもあいつがハマってるラブタッチの『綾花たん生誕祭』とやらで、この小洒落たケーキ屋で限定ケーキを売り出すらしい。もっとも、ネットの噂位しか情報が無いんでな、桐乃の奴も青山のナントカっていうケーキ屋に並んでる」 「ほほう、では京介氏は等身大綾花たんとツーショット写真が撮りたいと」 「って、全然人の話を聞いてねえ!?」 「冗談でござるよ。ははあ、それではきりりん氏には残念でござるなあ」 「ん?どういうことだ?」 「拙者も今回の『綾花たん生誕祭』の限定ケーキを買うべく来たのでござる。このお店に間違いは無いのでござるが…いささか遅かったようでござる」 沙織と話をしている間に、行列の先頭に動きがあった 店員さんが行列の整理をはじめた 少し場違いな雰囲気の男性はメーカーの人だろうか 「紳士淑女の皆様、本日は『綾花たん生誕祭』の限定イベントにお集まりいただきありがとうございます。 本日販売のお誕生日ケーキにつきましては限定数100とさせていただきます。 ただいまより整理券を配布いたしますので、列を崩さないようにお願いいたします。 なお、整理券配布の際は、かならず『綾花たん』の提示が必要となっております、予め電源を入れてお待ちいただきます様お願いいたします!」 小さくどよめく行列 っていうか『綾花たん』の提示が必要って何? 戸惑っていたところに、携帯が鳴った 桐乃だ 「どうしよう、青山じゃなかった…あんたの居る自由が丘が正解だった。でも、ネットでは綾花たんを連れてこないと本物のプレイヤーじゃないから、整理券配って貰えないかも、って…あんた、連れてきてるわけないよね…どうしよう…綾花ちゃんにあわせる顔がないよ…」 めちゃくちゃ落ち込んだ桐乃の声 「大丈夫、俺がなんとかする」 咄嗟にそう言って、俺は携帯を切った さて、そうは言ったものの、『綾花たん』の入った携帯ゲーム機は青山に居る桐乃の手元にある 整理券の配布は既に始まっている 今から桐乃にここまで来させても到底間に合わないだろう 然りとて、携帯ゲーム機が無いと整理券は配布されない 事実、列の前の方の何人かが追い返されている 妹の買い物でと言ったところで、扱いは変わらないだろう …待てよ?沙織はなんでここに来ていたんだっけ? 回りに聞かれては困る 少し強引に沙織の手を引いて耳元に顔を近づけて話しかける 「沙織、頼みがある。『綾花たん』を貸して貰いたい。ここに並んでるって事は、もちろん持ってきてるよな」 何故か少し動揺して沙織が答えた 「た、たしかに連れてきてござるが…」 「代わりに何でもする。さすがに楽しみにしていた桐乃を落ち込ませるのは忍びない。今だけ貸してもらえないか」 「代わりに、何でも、でござるか?」 「ああ、なんでもだ」 「わかったでござる。他ならぬきりりん氏のためでござるし…」 そういうと、沙織はぐるぐる眼鏡を外して、ぎゅっと俺の腕を組んだ 「京介さんがなんでもして下さるということでしたら、お安い御用ですわ」 居心地悪りい… 抜群のプロポーションを誇る超絶美人と腕を組んでケーキ屋に並ぶ俺は、どこから見てもリア充にしか見えない さらに困った事にこの行列が恋愛シミュレーションのヒロインのお誕生日ケーキの購入者の列だということだ 周囲から発せられるどす黒いオーラを感じる ホントに居心地が悪い だが、沙織はといえば、口許をω(こんなふう)にして、楽しそうにしている 本当にこいつは何を考えているのだろう? 彼女の表情を伺い知ろうと、ほんの僅かに高い彼女の目に目線を向ける すると、沙織が、しなだれ掛かるようにする ヤバい だっておっぱいが当たるんだもん 回りに聞かれないように沙織に話しかける 「おい、あんまり引っ付くなよ、なんていうか…」 「んー、駄目ですよ、京介さん。ちゃんと彼氏と彼女らしくしてくださらないと」 「おまえはどういう頭の構造してんの!?」 「あら、なんでもする、って先程約束して下さいましたよね?」 「うぐ、確かにそうは言ったが…」 「では、約束は守ってくださいね、京介さん」 参ったな 整理券の配布が進むに従い、列に殺伐とした雰囲気が立ち込める 限定数を越えた行列ができており、全員に行き渡らない可能性があるようなのだ 整理券を持った店員さんが俺達のところまで来た 「すみませんが『綾花たん』の提示をお願いいたします」 おもむろに沙織が携帯ゲーム機を取り出す そこには沙織の綾花のキャラクターが映っている 「あの、誠に申し上げにくいのですが、原則として列にお並びになられた方のみ整理券を配布させていただいております。 お見受けしたところ、そちらの『綾花たん』はお嬢様の物かと思われますので誠に申し訳ございませんが…」 まあ、確かにそうだよな どれだけ俺達が桐乃のためにやったこととはいえ、卑怯と言われてしまえば返す言葉はない 桐乃には悪いが… 「京介さん」 次の瞬間、携帯ゲーム機から、俺を呼ぶ『綾花たん』の声がした 「あ、綾花たん!?」 思わずゲーム機の中のキャラクターに話しかけてしまう 「うふふ、会いたかった、京介さん(ハァト」 やたらと甘ったるい声でゲームのキャラクターが話しかけてくる ヒロインと会話ができるラブタッチモードが起動しているようだ 畳み掛けるように、沙織が言った 「ごめんなさいね、彼ったらこのゲームに夢中で、私の誕生日のお祝いも忘れて『綾花たん』のケーキを買う、と出掛けてしまったから、つい私が意地悪をして隠してしまったの。 でも今日は私の誕生日でもあるの。だから本当は私の分のケーキも買いに来たのでしょう?ね、京介さん」 そういって沙織は話を合わせるように目配せする 「あ、ああ、そうだ」 「だからね、みんなで食べられるくらい大きなケーキを買って欲しいわ」 いつになく甘い沙織の声に自分達は本当に恋人同士なのではないかと錯覚さえ覚えてしまう 「これは失礼いたしました。それでは整理券をお渡しいたします」 丁寧に詫びる店員さんに、こちらこそ、と頭をさげてしまう 満足そうな笑みを浮かべてまた俺にしなだれかかる沙織に、つい何も言えなくなってしまう 店員さんが列の残りの人に整理券を配りに行ったところで、漸く人心地が付いた俺は沙織の耳元に囁いた 「少し心が痛いけど桐乃のがっかりした姿を見なくて済んだよ。悪いな、彼女のふりまでさせて」 「あら、京介さん?約束忘れたの?ふり、では無くってよ」 え?どういうこと? 複雑な表情を作る俺に、一瞬微笑んだあと、彼女はまたいつものぐるぐる眼鏡を掛けて、こう言った 「さてと京介氏、きりりん氏のためのお買い物はまだ終わりませんぞ。ケーキを買ったら秋葉原に行って、それから…」 「いや、いいよ。沙織、お前、桐乃のためにここに来たんだろう?多分、ラブタッチも俺が持っていないことを予想して。わざわざ予め新しいセーブデータまで作って…」 「…バレてしまいましたか、京介氏」 ぐるぐる眼鏡の向こうの表情はわからない 「それから、ケーキを買おう。今日は本当にお前の誕生日だったりしない?」 一瞬、沙織はぐるぐる眼鏡の隙間から俺を見て、それから答えて言った 「あれはきりりん氏の分でござるよ。どこかの兄上が妹の誕生日も忘れて、と溢してた故」 「そっか、ありがとうな」 本当にこいつには頭が上がらないよ ふと、ぐるぐる眼鏡を外して沙織が言った 「でも、約束は忘れないでくださいね、京介さん」 そうして沙織はまた、ぐるぐる眼鏡を掛けた そうして、整理券をもらった俺と沙織は、そのあと桐乃と合流して『綾花たん生誕際』限定ケーキを買った。 沙織は予め桐乃に俺と並んでいることを伝えるメールを送っていたらしく、桐乃はちょっとだけ照れくさそうに、ありがとう、と、沙織に言った それから、黒猫も呼んで、うちでちょっとしたパーティーをしよう、という話になった それからちょっと反則気味ではあるけれども、俺の代わりにということで、桐乃も等身大『綾花たん』とのツーショット写メを取らせてもらうことができた 最初はメーカーのスタッフさんが広報に使いたいと申し出てくれたのだが、桐乃はモデル業に差し障ると困るということで、丁重にお断りをした まあ、その代わりに俺が「彼女に『綾花たん』を届けさせた男」として、ネットニュースの格好のネタになったわけだが さて 丁度今、沙織から「京介さんへ」と題したメールが届いているのだが、なんだか微妙にいやな予感がするのだが、気のせいだろうか
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http //yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1273071103/772-775 「京介どの、それは何を見てるのでござるか?」 俺の自室で@ω@の顔を作りながら沙織が何の気無しに聞いてきた。 今日は何かの都合か黒猫はいない。桐乃はモデルだとか。 すると部屋には俺と沙織の二人っきりであるのだが、特別俺の方からは意識はしていない。 全くない、といえばもちろんウソになるのだが、「この」沙織はおそらく俺の知り合いの少女達の中で最も自然体で話せるやつだ。 つい先日その素顔と本質を知ったときは良い意味で驚愕したが、それはそれとしてこの少女は気配りや配慮を欠かさない常識人であることは俺が―俺達がよく知っている。…たまにズレた答えを返すこともあるが。 ゆえに、沙織と二人っきりで居てもよくも悪くも俺は男の親友感覚で話せるのである。 「単語帳だよ」 前置きが長くなったが、俺はこの猫口娘にややそっけなさげに答えた。 「英単語でござるか?」 「ああ。俺も受験生の端くれなんでな」 「左様でござるか」 沙織はωを崩さずに頬に人差し指を当てた。 「なら、拙者が読んでご覧にいれよう。拙者、これでも英語は得意なのでござるよ」 「ほう?」 それは初耳だが、何となく得心できる話だ。なにせあれだけの屋敷をもつブルジョワなら何かしらの英才教育がされていてもおかしくはない。 「こういうものはえてして二人でやった方がはかどるでござろう?」 「違いないな。じゃあ頼もうかな」 そう言ってカードの束を沙織に渡そうと手を伸ばそうとした瞬間、京介にちょっとした悪戯心が働いた。本当に大した考えはなかったのだが。 「じゃあこれ取りに来てな」 「む、座ってるレディーを動かすとは関心しませんな。最近の京介どのは怠惰で困る」 どこかの尖兵のような言葉を吐きながらも取りに来てくれるこいつは本当にいい女だと思う。桐乃だったら徹底的な罵声が飛んできているところだ。 俺は沙織が近付いて伸ばしてきた手に手を重ねると見せかけて、腕の勢いを殺さずさらに上へと向けた。狙いは、沙織の眼鏡だ! 水鳥のように流れる動きで俺の右手は沙織の眼鏡を搦め捕り、ついでに空いていた左手に単語帳を移し替えて沙織に握らせた。 @ω@から@が外され、その端正な顔が顕わになる。ωのままで。 「え…ぁ…」 沙織も俺がこんなことをするとは思っていなかったのか、頬の緩みが少しずつ消え、対比して瞳が潤み顔が紅潮していった。 (やばっ、怒ってる!?でもやっぱ沙織って綺麗だよなぁ…) あまりに上手く行きすぎた反動か気が緩んだのか、京介は後半部分を無意識に声に出してしまっていた。沙織の羞恥心がさらに膨れ上がる。 そして爆発。 「きょ、きょ、京介さんっ!わ、私にっ――」 眼鏡を、と言おうとする前に身を乗り出した沙織に、ほぼ放心状態だった京介はそのまま座っていたベッドに横になるように押し倒された。ついでに豊満な胸元に顔を挟まれる格好になる。 「………」 「………」 思いもよらぬ事態に、二人は互いに見つめ合ったまま固まってしまった。
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http //yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1281447547/213-216 「……38.4℃。モロ風邪だな」 京介は桐乃が脇から取り出した体温計を読み取り、溜息をついた。 「こ、このあたしが夏風邪なんかに……それもあんたなんかに看病されるなんて」 「親父は仕事で出払っちゃってるし、母さんも町内会の集まりなんだ。不本意でも我慢しろ」 「べ、別に嫌だなんて言ってないじゃない」 それ以外にどういう意味に取れというのか、と京介は内心で再び嘆息した。 「お前最近モデル業が重なってたから、疲労につけこまれたんだろうさ。ま、病人は病人らしく安静にしてな」 「余計なお世話……ゴホッ、ゴホゴホッ!」 「こんな状況でも意地張るか……お前らしいけどさ。とにかく無理すんなよ」 「うう……いつもの力が出せれば……くやしい……」 「なんとでも言いやがれ。何か食いたいもんあるか?」 「リゾット」 きっぱり。 「んなもん俺に作れると思ってんのか?」 「思ってないけど?」 「そうはっきり断言されると妙に腹立つな……」 意地悪そうな笑みを浮かべる桐乃。堪能したかのように笑みの質が柔らかいものに変化していった。 「食べられそうなもんなら何でもいいわよ、あんたが作ったもんなら」 「は?」 「え?あ……な、何か変な事考えたんじゃないでしょうね?キモ」 「(別に俺は何も言ってないんだが……)」 顔を赤く染めて桐乃が俯くのを見て、京介は妙な罪悪感に駆られた。この場に居続けるのは何か面倒臭いことになる気がしたので、京介は店じまいを始めた。 「じゃあ適当に消化のいいもんでも見繕ってくるわ。そんじゃな」 「あ……」 桐乃の返答を待たずに京介は立ち上がり、部屋のドアを丁重に閉めた。 京介が簡単な食事をこしらえて桐乃の部屋に戻ってくると、桐乃は眠っていた。 流石に安らかにとはいかないようで、何かうわごとのようなものを言っているらしく、京介は料理を置いて耳を傾けてみた。 「うぅ……おにいちゃん……待ってよぉ……」 (……!?) 「……ぅう……ん!?きゃあああ!何あんた勝手に覗き込んでんのキモキモキモッ!!」 「うおぁっ!?痛えっ!!」 桐乃から往復ビンタに枕投擲の追い討ちをくらい危うく後ろに吹っ飛びそうになる京介。 「す、すまん。しかしお前のような病人がいるか!」 「怒りが風邪を破ったのよ!って、ぁっ……」 「桐乃!」 桐乃がゆらりと体をへたらせるのを反射的に抱き留める。 「……本当に悪かった」 「ま、全くよ……ふん……」 「(こいつ汗だくじゃないか……俺が言えた義理じゃあないが)と、とりあえずお茶漬け粥を作ってきたから食べろよ。ポカリも用意してあるから」 「あ、ありがとう……」 「素直でよろしい」 「張っ倒されたいの?」 「(何この理不尽!?)」「じ……じゃあ……ほら……」 「……?」 「食べさせてくれるんでしょ?…………嫌ならいいけど……」 桐乃らしくない素振りに京介は僅かにうろたえたが、やがて意を決した。 「わかった」 「え……」 「なんだよ自分から振っといて」 「ほ、本当に……?」 「俺はお前の兄貴だからな」 「……」 京介はレンゲで粥を掬い取り、息で冷ましながら一口食べた。 「あっ……」 「ほらよ、あーん」 「あ、あーん……」 桐乃がレンゲの残りを恐る恐る口に入れ、それを確認してから矢継ぎ早に粥を掬っていった。 「ごちそうさま……美味しかった」 「そりゃどうも。顔が赤いけど熱でも上がったのか?」 「うっさいわね!……で、でも、あ、ありがとう……」 「お、おう……それじゃ、な」 桐乃のはにかむような微笑みに思わず京介はドキッとしたが、平静を装いつつ部屋から出ていった。 「ありがとう、おにいちゃん……」 京介は昔桐乃から目を背けてきたことで、たくさんの桐乃を見逃してきたことを改めて感じた。あいつはいくつもボールを放って来ていたのに。 もっとも、素直じゃないあいつのボールは暴投気味のものも多いのだが。 俺のすべき事は、あいつの投げる球を必死に追って捕ってやる事なんだろう。京介は、桐乃にもう少しだけ優しくなれた気がする日だったな、と思った。
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店を出ると夏の暑い日差しが肌を焼いた。相変わらず忌々し暑さだ。 ――晴れて高校を卒業した俺は大学に入学するのと同時に一人暮らしを始めた。 あ、別に追い出されたわけじゃないぞ?家から大学がちょっと遠くてな、俺も一人暮らしとやらをを体験したかったし。 まぁ、そんなわけで親父に話すと「良い経験になる」と即快諾してくれた。 ……お袋は不安な顔をしてたっけな。 大学からも近いし、駅からも近い。かなり良い場所だと思う。 駅から徒歩5分!だけど毎朝踏切で10分近く待たされる、なんてことも無いしな。 もっとも俺は、電車なんてほとんど乗らないから関係ないんだけどね! っと、まぁ、一人暮らしやってるとこういうつまらんことを考えちゃったり独り言が多くなったりしちゃうワケよ。 体験したことのあるやつならきっと、今の俺の言ってることが理解できると思う。 一人暮らしは良いぞ?家族に気を遣わなくて良いし、気を遣われることもない。……時たま無性に寂しくなったりするけどな。 しかし、アパート俺一人しか住まないのにワンルームじゃないんだよな。なんとリビングがあって個室が複数あるんだぜ? 俺はもっと狭いところでも良かったんだけど、桐乃の強い要望でなぜかここになった。 なんで、自分が住むわけでもないのにあんなに必死になっていたのかが未だにわからし、どう考えても俺なんかより断然真剣に住まい探しをしていた。 まぁ、自分の時のための予行練習のつもりだったんだろう。 それにしても鬼気迫る表情で親父に意見していたときは喧嘩でも始まる物かとはらはらしたのもだ。 まぁ、なんだかんだ言ってもこの広さも気に入ってる。俺もいずれ彼女とか出来たりしたら…… にゃんにゃんらぶらぶな同棲生活を送ることができるわけだからな! その点桐乃には大感謝だな。 そんなうきうき気分で帰宅してドアをくぐると、ふと違和感に襲われる。 どこかでかいだことのある懐かしい匂いが鼻孔をかすめた…… 気がした。 そして何より気になるのが目の前に積まれたこの段ボールの山だ。 「な、なんだこれ?」 大きめの段ボール箱がでんでんと6つほど無造作に積まれていた。 身に覚えがない。もちろん通販で買ったそういった類の物ではないはずだ。 しばし唖然とし目の前の山を眺めていると、奥の部屋から物音が聞こえた。 ……妙だ、何かがおかしい。 俺は物音の正体を確認すべく、ドアを開いた。 ここは使ってない空き部屋なんだが…… 「ちょっと!なに勝手に人の部屋あけてるワケ?」 「!!!!????」 理解不能の事態が俺を襲った。なんだこれ?どうなってんだ?意味がわからん。 は?何で?何でこいつがここに?人の部屋?誰の? つーかなにやってんの? 「お、おま……なんで?」 俺が狐につままれたような顔で桐乃に尋ねると、こいつは少し不機嫌な顔つきで 「あたし、今日からここからここに住むから」 と、耳を疑うようなこと口にした。 ――愛妹との暮らし方 「と、とりあえず事情と状況を話してもらおうか?」 俺たちはテーブルの椅子に腰掛けて対峙していた。 俺は未だにこの状況が信じられずあたふたし、桐乃と言えばムスーとした顔で頬をふくらませテーブルと睨めっこしていた。 もうさっきからずっと黙ったままだ。 ……やれやれ。どうしたもんかねこれは。 「なぁ、桐乃?別に尋問してるわけじゃないんだ。どういうことなのか、説明くらいしてくれても良いだろ?」 「……そんなに嫌だったの?」 「うん?なにがだよ?」 桐乃はチラチラとこっちの様子を伺いながら、蚊の鳴くような声でそんなことを聞いてきた。 今にも泣き出しそうだ。 いったいどうしちまったってんだ?泣きてーのはこっちなんですよ? 「いや、嫌だとかそうだとかじゃなくてだな…… あ、別に嫌じゃなかったよ?」 「嘘!だってあたしの顔見た時嫌そうな顔した!」 やー、そんな涙目で睨まれてもな…… 相変わらずこいつは苦手だ。 「してねーよ。嫌じゃないっていってるだろ?俺はただこうなった理由をだな……」 「じゃあ、……嬉しかった?」 こいつ俺の話聞く来あるのかね? 昔っからどうもこいつには相手に話のペースを持っていかれがちなんだよな。 おそらく、少なくともこいつの話を聞くまでは、俺の話は聞いてもらえないだろう。 ……こいつの話が終わっても俺の話を聞いてくれるか怪しいんですけどね。 はぁ、しゃーねぇなぁ。 「あぁ、もうわかった!わかったよ!久々に会えて嬉しかった! もうこれでいいだろ?わかったら俺の話を――」 「そ?じゃあ文句ないっしょ?こんな可愛い娘と一緒に暮らせるんだからさ、ありがたく思いなさいよね? じゃあ、あたしまだ片付けがあるから。見られたくない物とかもあるし、手伝いはいいや。」 あっけらかんとそう言い放つと俺の制止を気にもとめず、部屋に戻る瞬間「用があったら呼ぶから」 と、一言だけ残して消えた。 「……嘘泣きかよっ!」 迂闊だ。すっかりだまされた。 嘘だとしても弱いんだよなー。そりゃそうだろ?あんな顔されたら誰だって狼狽える。 ……それにしても 「はぁ……」 これからの生活を考えると気が滅入った。 人生相談のおかげで少しは縮まったにしろ、今まで互いに避け合ってきた俺たちだ。 物理的に距離が近くなったこの環境で、衝突無しに生活できるだろうか? 桐乃が騒ぎ立てそうな懸念事項も少々あることだしな。 も、もちろんやましいことなんてなにもしてないよホントだよ! 「でも、まぁ……」 こんな不安を抱きながらも少しは嬉しいと、正直にそう思うのだった。
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俺の後輩がこんなにかわいいわけがない
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「ちょっと違った未来13」 ※原作IF 京介×桐乃 === === === 夢を見る。 さらさらと舞う砂のような記憶の欠片が流れていく。 これらは全てあたしの記憶。 どれも大切な思い出。 あたしは白い砂場のような場所でぽつんと座っている。 いつもならここで流れゆく記憶の欠片を見つめるだけ。 だってこの先には大きな鍵でかけられた扉しかないんだもの。 いつもなら、そうだった。 でも今日はすこし違ったみたい。 (道が…。) もう一つ道が反対側に存在していた。 (…。) 新しく出来た道をとぼとぼと歩く。 あれだけ宙を舞っていた記憶の欠片は歩く度に少なくなってゆく。 その先には…。 (扉…。) 扉があった。それも今度は鍵がついていない。 ごくりと生唾を飲み込む。これを空けたら大切な何かが一つだけ取り戻せる。だけど同時に避けがたい未来へ踏み込もうともしている気がしてならない。でも…。 (行かなきゃ…。) 意を決してノブに手をかける。その金属製のノブはやたらと重く感じた。 扉の向こうから漏れ出る光の眩さに目を細めながらその先に足を踏み入れたーー。 === === 「よし。これで準備完了。桐乃、こいよ。こっからだとよく見える。」 「あ、うん。」 夜空の中、二人で星を見ようということになった。というよりあたしが彼に一方的にせがんだんだけど。 「~♪」 ××君はとても楽しそうに天体望遠鏡のレンズを覗いている。彼の趣味らしい。 よほど手馴れているのか組み立てから何から何まで彼一人で済ませてしまった。そこにあたしの出る幕はない。 ここは彼のアパートの一室のベランダ。もうすっかり通いなれてしまった。 「…クチュン。」 12月でクリスマス前だからか、結構な寒空だ。うう…こんな寒いのにスキニージーンズなんて履いてくるんじゃなかった…。 そんなことを考えていると、××君は、 「ほら、寒いだろ。もっと近くに寄れよ。」 「あ…。」 彼は左手でギュっとあたしの左肩を自分の体に寄せる。 「…。」 「桐乃。」 「は、はひ!」 どきどきする胸の高鳴りがそのまま声に出てしまった。ど、動揺しすぎだよ~あたし~。 そんなあたしの心の中をこの聡明な少年が読み取れない筈もなく、 「はは、落ち着けよ。」 穏やかな、静かな笑顔をあたしに向ける。 「う、うん。」 「桐乃。どの星が見たい?といってもここからじゃ限られるけどよ…。一応リクエストには応じるぜ。」 カチャカチャとしぼりをいじる。 …。 そ、そんなこと言われたって…。ほ、星なんて星座占いくらいしかみないし…それも朝の。 あ、あれ。ここって重要な選択肢だったりするのかな?(…何を言ってるんだろ、あたし) 「じゃ、じゃあ…月、とかは?」 ベターな回答だと思うんだけどあまりにありきたりすぎるかな。もしかしたら呆れられるかもしれない。そんなあたしの考えとは裏腹に、 「よし、月だな。天体観測といえばやっぱ月だよな。」 嬉しそうな無邪気な横顔でレンズを覗きながら望遠鏡の筒を月に向ける。 「…。」 (こうしていれば、××君も普通の男の子だよね…。) 何年来と会っていなかった幼い時に出会った男の子。それはもはやあたしの思い出の一つにまで昇華されようとしていた。 それが偶然の再会。神様の存在を本気で信じかけた。運命ってあるんだって乙女なことを思ってしまった。 彼と再会した時は本当に本当に嬉しかった。でも…、同時にすこし怖くて…悲しかった。 幼い頃あたしを連れて一緒に外を駆け回っていたあの元気一杯のやんちゃな男の子はどこにもいなくて。成長した彼は人を必要以上には寄せ付けない、どこか擦り切れた雰囲気を身に纏った男の人になっていた。 でも今のあたしの胸の中は彼への愛しさだけで満たされている。 恐らくあたしだけに見せてくれている穏やかな、優しい眼差し。そんな誰も知らない彼の秘めたる側面をあたしだけが知っているというちっぽけな優越感。 えへへ。 「よし。見てみろよ。よく見えるぞ~、今日は。」 「う、うん。」 白い息を吐く彼の息遣いを耳で、肌で、感じながら、あたしは差し出されたレンズを覗き込んだ。 「…わぁ…。」 綺麗…。 半分に欠けたお月様が綺麗な光を放っている。謙虚に、だけど魅力的に。今にも目の前に迫ってきそうな不思議な重厚感。 「これはな、上弦の月って言うんだ。」 「え?」 「ほら、弓道とかで使う弓でさ。ウチの学校の部活にもあるけど、今見えてるあの月って弓の弦をしならせているみたいだろ?その弦が上を向いて曲がってる弓が下を向いてる。これって上弦っていうんだとよ。」 「そうなんだ…。」 さすが物知りです。初めて知った。 「…。」 彼は望遠鏡を使わずじっと月を見つめていた。夜の闇のなか月が静かに輝いていた。 「?」 どうしたんだろう。そう思って彼の横顔を眺めていたら、 「桐乃…光ってさ、何で出来ていると思う。」 「え?」 い、いきなり物理の問題?!う、う~ん…。 「つ、粒と波、だったかな…。」 確か二面性が~という話を…。 「そう。光はな、粒であって波なんだと。」 彼は月の光から目をそらさずに。 「例えばな、例えば桐乃。俺達が見えるあの月はさ…確かに実体を帯びて一つだけだ。それが粒子の束となって俺達に降り注いでる。けれどな、仮にな?目を閉じてみると当然月は見えない。」 「う、うん。」 目を閉じた彼につられてあたしも一緒に目を閉じた。 「この見えない状態だと、月は粒子ではなく波となっているんだ。そこでは今俺達が見ていた月と同じ月が存在するという保証はない。」 「そ、そうなんだ…。」 なんか難しい話になってきたような…。 「量子論っていう学問が物理学にあってな。」 「うん。」 「その量子論の、正確には量子力学っていうんだけどよ…それによると多世界解釈、いわゆるパラレルワールド(平行世界)っていうのが導き出せるらしい。」 「パラレルワールド…。」 その話なら知っている。ドラマやマンガでよく使われる話だ。今ここにいる世界とは違う世界があって、今ここにいつ自分とは違う自分がいてーー。 「といっても、まあ、科学者の中でもその見解を取るのは少数派らしいんだけどな。」 ポリポリと照れくさそうに頬をかく××君。 「でも、俺は…信じてるんだ。」 彼は目を少し細めながら再び月を見つめる。 「今ここにある月の光が、世界の光が粒子となって、目を閉じると波になって色んな想いを光の粒と共に乗せていく…。」 「…。」 どちらからともなくお互いの手のひらをぎゅっと重ねる。 「色んな世界の桐乃に、色んな世界の俺に。この世界の、俺達の生きた証を光となって乗せていく…。そうやってずっとつながっていくんだ。永遠に…。」 「××君…。」 あたしは手の指を彼の指に絡める。彼も絡め返してくれてあたしの気持ちに応える。 「だから多分、俺達が今ここにこうやっているのも、もう一度出会えたのも、きっと必然なんだ。俺達はどんな世界でも結ばれる運命なんだよ…。」 自然に向かい合う二人。お互いの唇を月の祝福の中で重ね合わせる。 ああ、神様…。どうかこの愛しい時間が永遠に続きますように…。 ああ、神様…。どうかこの愛しい人が二度と離れていきませんように…。 === === === 「桐乃、桐乃。」 ゆさゆさとゆっくりと肩をゆすられる。ここは…? カッチカッチカッチ…。 時計が規則正しく秒針を刻み込む。 「…。」 「大丈夫か、桐乃?」 「あ、はい。大丈夫です…。」 黒猫さんが運ばれた病院の待合室。そこであたしは少し眠っていたみたいだ。時計を見ればあの人達が帰った後に見た時刻より二十分も経っていない。小休憩といったところ。その割には…。 (少し長い夢を見ていた気がする…。) 何だったんだろう?夢の中身が思い出せない。 けれど夢の内容を覚えていない、それはいつものことだ。よく記憶を思い出そうとして起こる頭痛の後に眠ると何かの夢を見ている気がする。だけどいつも覚えていない。でも…。 (今日のはいつもと何かが違う気がする…。) 決して忘れてはいけない、大切な何か。決して忘れてはいけない、大切な想い。 そして決して忘れてはいけない大切な、今は遠い世界の住人になってしまった、あの人。 「…。」 ゆっくりと目蓋を開くとお兄ちゃんが心配そうにあたしを見ていた。 ーーそれはとてもとても近くにいる気がする。 ーーだけれどもそれは、とても遠い。 「…。」 今、お兄ちゃんの顔を見たらそんな気持ちになる。 それを思い出そうとしても何故か出てこない。思い出そうとしても、それがなんなのか、出てこない。 いつもの頭痛は、今はない。その事にはひとまず安心した。 「桐乃。何か飲み物でも飲むか?眠気覚ましに、」 「い、いいえ、大丈夫です。もうばっちり覚めました。」 気遣ってくれるお兄ちゃんにあたしは笑顔で答える。 「そっか。」 そのままお兄ちゃんは視線を床に落とした。隣には沙織さんもいる。 (…。) それにしても、さっきの見ていた夢は何だったんだろう? いつも見る夢も気になっていたけど、今日の夢は何かが違う…気がする。 ーー思い出せないことを思い出そうとして、 ーー思い出さないといけないことを思い出せないんじゃ…。 もしかしたら大変な思い違いをしているのかもしれない。それも重大なまでの。 なんとなくそんな考えをしてしまった。 …んん? …あれれ?一体何の話なんだろう? そもそもあの人って、誰? 意味がわからない。 そんなことを考えていると、 ガチャ 待合室の扉が開いた。 「高坂くん…キリ姉ぇ…。」 黒猫さんの妹さんの日向ちゃんが入ってきた。 「どうした日向ちゃん。」 「ルリ姉ぇが…目を覚ました。」 「本当か!?」 お兄ちゃんは笑顔で日向ちゃんに近づく。沙織さんもとてもほっとした安心しきった表情を見せた。 よかった…。 「それで起きたばっかりだけど…。」 日向ちゃんがあたしの方を見ながら、 「ルリ姉ぇが高坂くん達に会いたいんだって。特にキリ姉ぇに。」 そう言った。 「え?」 「どうしても今話したいって聞かなくて…。絶対に連れてきて欲しいって。キリ姉ぇどうする?来てくれる?」 「…。」 そんなこと答えは決まってる。それにあたしこそ彼女に伝えなきゃいけない。謝らないといけない。だって黒猫さんがこんな目にあったのはあたしのせいでもあるんだから。 ベンチに横たわる彼女の弱りきった、ぐったりした顔を思い出すと胸が痛い。それでも。 そんなことを考えているとぽん、と誰かの大きな手のひらが頭の上に乗せられた。 「行こうぜ、桐乃。」 …お兄ちゃんだ。頭一つ分高いところから優しいそれでいて頼もしい眼差しをあたしに注ぐ。あたしは意を決した。 「うん。会わせて。」 どうしても謝らなくちゃ。
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http //pele.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1311182440/685-690 「黒猫さんと、こんな風に会うなんて初めてだねえ」 私の目の前に居るベルフェゴールが柔和な表情を浮かべながら私との会話を 試みている。現世では彼女と一対一で会うことなどあり得ないはずだった。 だが、あの女からのあの電話が、私とベルフェゴールの対峙を強制させたのだ。 『あのさ‥‥‥、アタシ、もうダメかもしんない』 あのスイーツ(笑)から電話がかかってくること自体は奇異な話ではない。 問題はあの女の様子だ。 現世ではあり得ないほどに狼狽した様子で電話をかけてきたのだから。 一体、何があの女の身に降りかかったというのか。 千葉の堕天聖を此程までに揺れ動かす、あの女の狼狽振りは一体何なのか。 大方、あの女が兄と呼んでいる破廉恥な雄との間での揉め事が原因だろう。 だから私に泣きついてきた、というのは容易に想像できる。 だが何だろう? この胸騒ぎは。際限なく湧き出る悪い予感が心から溢れ出る。 私の予感は悉く的中するのだ。 その的中能力を此程までに否定したくなる瞬間など嘗て無かった。 だが今は違う。切に希求している。予感が外れて欲しい、と。 「もしかして、桐乃ちゃんのことを相談したいのかなぁ?」 ベルフェゴールは、私を包んでいる妖気を容易く破って心の中を読み取った。 流石ね。私が一目置くだけのことはある。 フフッ。私の心を読み取った褒美に、私との精神の交流を認めてあげるわ。 「あ、あの‥‥‥あの女に一体何があったのかしら?」 「う~ん、心当たりはあるけどお、多分、きょうちゃんとのことじゃないかなあ」 やはり、あの雄が絡んでいるというのか。 この世で何年あの女と時を刻んでいたのか。 なぜ未だにあの女を御することができないのか。 全く、情けない雄だこと。 私の心は、あの雄に対する罵倒めいた疑問で埋め尽くされた。 「兄さん‥‥‥と何があったというのかしら?」 「う~ん、話してもいいけど‥‥‥黒猫さん、取り乱さないって約束できる?」 クッ! この女、私に悪魔との約束を要求するのか。許されなくてよ! だが、悪魔との約束など、私が現世における立ち振る舞いを定めた 私自身の縛りから逸脱するに過ぎない。 あの女が陥った苦しみが悠久の刻を越えぬようにしてやることが 現世での私の使命。それが私の結論なのだから。 「ええ。約束するわ」 「ほんと? 取り乱さないって約束してね!」 「覚悟は決めているわ。何せ悪魔と契約したのだから」 「あくまとけいやく?」 「いえ、何でもないわ。さあ、話して頂戴」 「じつはね‥‥‥」 ‥‥‥‥‥‥ 「オイ桐乃、オマエ、髪の色を戻す気ないか?」 「ハァ? 何、バカなこと言っちゃってんの?」 俺のベッドに寝そべってファッション誌を読んでいる図々しい様子の 我が妹・桐乃への頼み事はあっさりと否決された。 「いや、何か懐かしくなってな」 「うげえ~、シスコン、キモお~」 「オマエ、元々黒髪だろ。黒髪のオマエってどんな感じかと思ってな」 「黒髪じゃなくて、茶色がかってたでしょ! 覚えてないの!?」 ここの所、俺は桐乃に髪の色を変えてみないか? と言い続けている。 今でこそライトブラウンに染められたロングの髪が桐乃のトレードマークだが、 元々は茶色がかった黒髪で、俺はその頃の桐乃が無性に懐かしくなっていた。 勿論、桐乃には読モとしての仕事もあるわけで、そう簡単に髪の色を変えること なんて叶わないことは解っているつもりだ。 「訊きたいんだケド。なんでアンタ、アタシを黒髪にしたいワケ?」 「いや、だから懐かしさってのがあってだな‥‥‥」 「ウソつくな!」 「いきなりウソ吐き呼ばわりかよ。昔を懐かしむのがそんなにおかしいのか?」 「『昔を懐かしむ』ねえ‥‥‥んじゃ、コレはナニ?」 そう言うと、桐乃は俺のベッドの下から『男の宝物BOX』を引っ張り出す。 「お、オマエ! 何をすんだ!?」 「何なのよ、コレはッ!?」 桐乃がBOXの中から取り出した一冊の本。 俺が入手したばかりの黒髪特集本だ。言っておくが薄い本ではないからな! 一応、Amazφnでは18禁ではないカテゴリーだ! 「こーんな本に影響されちゃってさ。 『今こそ、黒髪!』『黒髪に興味がないなんて、人生を損している!』 『黒髪・眼鏡・妹は萌え三種の神器』って、ふ~ん。こんな趣味なんだ」 記事の煽り文句を読み上げる我が妹を前に、俺はあやせに会いたくなった。 正確には、死にたくなったわけで。 「わ、悪いかよ!? 別に俺がどんな趣味でもオマエには関係ないだろ!」 「関係あるっつーの! こんな趣味の兄貴がいるなんて最っ低!!」 「18禁じゃないし! オマエのエロゲー好きよりははるかに健全だろ!」 「なッ! うっさい! この変態!!」 桐乃は俺の部屋を飛び出し、自分の部屋に籠もってしまった。 クソッ! 実にくだらないことで妹とケンカをした俺は自己嫌悪に陥った。 自棄になりベッドに身を投げると、薄い壁の向こう側から話し声が聞こえる。 『あのさ‥‥‥、アタシ、もうダメかもしんない』 誰かと電話しているようだ。相手はあやせだろうか? もしそうだったら速攻で俺の電話に公園への呼び出しが来るはずだが、 それも無かったからきっと違うのだろう。 ああ、実にイラつく。多分桐乃も同じようにイラついているかもしれない。 こんなくだらないことでお互いにイラつくなんて損だ。 桐乃の誹りを受けたときにエロゲーの話を持ち出した俺も大人気なかった。 それに、俺は妹ともっと仲良くなりたいという重篤なシスコンだからな。 ここは‥‥‥俺から謝るとするか。 コンコンコン ガチャ 「桐乃。さっきは悪かっ‥‥‥」 返事を待たずに妹の部屋のドアなんて開けるもんじゃないよな。 「ぬあっ! 勝手にドア開けんな!! 変態!!」 「オ、オマエ、それ‥‥‥」 「うっさい! 見んな! バカッ!!」 桐乃は黒髪+眼鏡という出で立ちで俺にご褒美、もとい罵声を浴びせる。 「なんだよ、その格好!?」 「ア、アンタの趣味ってどんなもんか試しただけだっつーの!」 「ホントか?」 「嬉しそうな顔すんな! マジキモい!!」 いかん。感情が顔に出ていたらしい。 それにしてもその黒髪はどうしたんだ? まさか染め直したのか? 「ああいうのに興味あるみたいだから、黒いウイッグと眼鏡を用意しただけ!」 そういうことか。でも‥‥‥クソッ! そんなの反則だろうが! 黒髪+眼鏡の姿が反則ではなく、そういう用意をしてくれたことが 途轍もなく愛おしく感じられる。 さっきまでクソアマと思っていた妹が途端に可愛く見えるようになった。 「桐乃」 「ナニよ? 何か文句あるワケ?」 ぎゅっ 「ちょ、ナニすんのよ!? 放せっての!」 今この瞬間の感情を最大限に表現できる簡単な手法を採った俺に桐乃は抗った。 「悪かった」 「え?」 「オマエの考えを無視して髪の色を変えろなんて言って悪かった」 「‥‥‥」 「そんな用意をしてくれるだけでもう充分だ」 「ナニ言っちゃってんの? バッカみたい」 「ああ、バカだ。外見ばかり見て、オマエの内面を見なかった俺はバカだ」 「ばか‥‥‥」 「それに、エロゲーの話なんか持ち出して悪かった」 「アタシもアンタの‥‥‥アレを勝手に見たりしてゴメン」 『妹ともっと仲良くなりたい』という俺の想いは通じたようだ。 「あ、えっと‥‥‥?」 「何だ? どうした?」 「アタシ、何かしなきゃいけないことがある気がするんだけど、何だろ?」 「忘れるってことは、『しなきゃいけない』って程のことじゃないんだろ」 「そっか。そうだよね」 おかしなヤツだ。でもそんな桐乃も今は愛おしく見える。 フン。シスコンだと笑いたければ笑え。 「桐乃‥‥‥」 「京介‥‥‥」 ‥‥‥‥‥‥ 「‥‥‥というわけなの」 「‥‥‥‥‥‥」 「えーっと、黒猫さん?」 「さ、参考までに訊きたいのだけれど、その後、あの二人はどうしたのかしら?」 「わかんない。きょうちゃんから聞いたお話はそこでおしまいだから」 あのスイーツ(笑)からの思わせ振りな電話は何だったというの。 私の胸騒ぎはどうしてくれるの。 際限なく湧き出た悪い予感はどう始末してくれるの。 あの愚かしい兄妹が演じた矮小な争いに巻き込まれるとは、私もとんだ道化ね。 「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥フッ、クククク」 「黒猫さん!? だいじょうぶ?」 「え、ええ。大丈夫よ。これしきのことで千葉の堕天聖の心は折れないわ」 「せんようのだてん‥‥‥?」 「いえ、気にしないで頂戴」 「黒猫さん、ひょっとして相談事ってかいけつしたの?」 「ええ、勿論よ。完璧に解決したわ」 「よかったあ。うふふふ」 ベルフェゴールからは何らの邪気も感じられない。 此が“天然”の成せる技なのだろうか。 それに対して今の私は‥‥‥フッ、クククク。 ああ呪わしい。この怨念を一体何処に葬り去れと言うの。 リア充兄妹は死ね! 『兄妹ゲンカ』 【了】
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第二章 そうこうするうちに、俺達は飲食店の並ぶ大通りに出た。 「で、何食べるよ?」 桐乃にそう水を向けると、 「一応、行きたいところはあるんだけど……」 と、桐乃らしくない控えめな主張。 「じゃあ、そこにしようぜ。俺はどこでもいいし」 「ふうん。ま、あんたがそう言うなら、いいケド」 ってことでやってきたのは最近できた感じのまだ真新しい建物のカフェ。 「……ここで夕飯にするのか?」 なんか、ケーキとかパフェとかばっかりなんだけど…… 「何よ。あんたがいいって言ったんじゃん。今さら文句言うワケ?」 「い、いや、言わねえよ」 仕方ねえ。ま、一応、スパゲティとかピラフとかくらい置いてあるだろう。 そうして店内に入ってみると、いかにも女子中高生が好きそうな内装。 メニューを開いても、やたらきらびやかな写真が並んでいる。 中でもひときわ目立ったのがでっかいパフェ。4~5人サイズくらいのでっかい奴が 何種類も並んでる。 「それ、ここの名物なの。ビッグパフェ。学校でも人気あるよ」 「……おまえ、まさかこれ頼んだりしないよな?」 そう言うと、桐乃から呆れたような返事が返る。 「ばかじゃん。そんなの二人で食べられるわけないっしょ」 まあ、確かに。 「注文するのはこっち」 そう言って桐乃が指差したのは、先ほどのパフェよりは一回り小さいが、 それでも下の方に載っている普通サイズの2、3倍はあろうかというパフェ。 色は少し渋めの、濃厚そうなチョコレートパフェだった。 「なんだ、これ……カップル限定パフェ?」 「そ。カップルじゃないと頼めないの」 なるほど、俺を連れてここに来た理由がわかったぜ。 桐乃の奴、これが食いたかったってわけね…… そうこうしてるうちに注文を聞きに来たウエイトレスに桐乃が注文をすませる。 「じゃあ、俺はこのカレーピラフを……」 と、俺が自分の分を注文しようとすると、 「あんた、そんなにたくさん食べれるの? ここのパフェって結構ボリュームあるよ?」 「へ? そのパフェ俺も食べんの?」 そういや、さっき、二人で食べられるわけないだろって言われたような…… 「あったりまえじゃん。あ、ピラフはいいですから。あと、ドリンクバー二つ」 と、勝手に俺の注文をキャンセルする桐乃。 「お、おい、勝手な事すんなよ」 「パフェの後で余力があったら追加注文して食べていいから」 だとよ。まったく、ありがたいこった。 早速ドリンクバーにコーヒーを取りに行き、それをちょびちょび飲みつつ、 携帯をいじくる桐乃の様子をなんとはなしに見ている。 いったい、何を一生懸命やってるんやら。そう思っていると妹の方から説明してくれた。 「へへ。限定パフェ、これから食べるぞって自慢した。みんなまだ食べてないはずだから」 「……ふーん」 「あ、早速返信来た!」 正直、こんな事になるならやっぱ煮っ転がし食べたかったなあと思ってた俺だったが、 なんか、楽しそうな妹を見てると、ま、いっかって気になってきていた。 しかし、そんな時、俺の携帯が振動した。 「ゲ……!」 携帯をチェックするとあやせからメールが届いていた。 おそるおそる確認してみると…… 『命知らずのお兄さんへ── どういうことですか! カップル限定パフェ食べたいとかって桐乃をムリやり付き合わせるとか!? そんなにパフェが食べたければ、いつも一緒のお姉さんと一緒に行けばいいんじゃないですか? 以前の警告を忘れたわけじゃありませんよね? お兄さんがそんなに命知らずだったとは思いませんでした』 「ひええ……」 相変わらず怖い奴。 ……ん? 俺が桐乃をムリやり……だと? 「あ、どんどん返信返ってくる。ふふ、みんなうらやましがってる~」 はしゃぐ妹に向かってちょっと訪ねてみる。 「なあ、それって、あやせにもメールしたのか?」 「へ? あったりまえじゃん。一番の親友だかんね」 その言葉は二人の関係の修復に関与した者としての誇らしさを俺に感じさせるものではあったが、 今はそれどころではない。 「ふーん。で、なんてメールしたわけ? まさか、バカ正直に兄貴と一緒にカップル限定パフェ食べに来たって書いたとか?」 「……書いたケド?」 忌々しい事に、俺の中で妹の可愛い表情BEST3に入る、きょとんとした顔で答える。 「おいおい、それって恥さらすようなもんじゃないのか? 彼氏がいないから兄貴を連れ出して……とか」 だって、たとえば、彼女同伴のクリスマスパーティに、彼女と偽って妹連れていくみたいなもんだろ? もしそんなことしてそれがバレた日にゃ、恥ずかしくって学校行けなくなると思うんだがなあ。 ま、俺の知り合いにゃそんなシャレたパーティ企画できるような奴はいないけどな! 「あ、そこらへんなら大丈夫。甘党のあんたが、どうしてもこの店のパフェが食べたいけど、 一人じゃ入れないから一緒に行ってくれって私に泣いて頼み込んだって事にしてあるから」 「あ、なるほどね。……って、ちょっと待て! オイ、コラ!」 思わずノリツッコミをしてしまう。 「あ、万一、あやせとかと偶然会う機会があったら、ちゃんと話を合わせてよね」 いけしゃあしゃあとそんな事をのたまう桐乃。 「おまえ、それじゃ俺の立場はどーなんだよ!」 「いいじゃん。あたしの友達の間で、あんたがどう思われようと関係ないでしょ?」 「あるよ! 顔見知りもいるじゃねーか!」 「あんたって、結構見栄っ張りよね」 「おまえが言うんじゃねえっ!」 まったく、こいつは…… 「と、とりあえず、あやせにだけでもちゃんと話しておいてくれよ」 「なーに? ……あんた、まさかあやせに気があるとか言うんじゃないでしょうね?」 鋭い眼光で睨みつけられる。こいつら、さすが親友同士、変なとこで似てやがんなあ。 「ちげーよ! あいつ、俺らの事、誤解してんだろ? ほ……ほら、近親……相姦がどうとか……さ」 思わず言いよどむ俺。そっか、俺がこいつをオカズにするって、近親相姦の一歩手前なんだよな…… 「そんなの、あんたが自分で蒔いた種じゃん。でも、安心しなよ。ちゃんと説明して誤解は解いておいたから」 感謝してよね、と桐乃は締めくくる。 って、おまえのために蒔いてやった種だろ! おまえこそ感謝しやがれ! あと、その誤解、全然解けてないから! そんなツッコミを心の中でしただけで、俺の気力は萎える。 いつもの事だし、まあ、いいかってちょっと考えてる自分が嫌だ。 そんなこんなしてるうちに、桐乃お待ちかねのカップル限定パフェが到着した。 すると、パフェを持ってきたウエイトレスがポケットから大きめのカメラを取り出して俺たちに向ける。 「はい、笑って下さい~」 「へ?」 俺が面食らっていると、桐乃が俺の胸倉を掴んで自分の方に寄せる。 パシャッ! フラッシュがたかれたかと思うと、あっという間に店員は去って行った。 あまりに一瞬の事で、何がなんだかわからない俺に桐乃が言う。 「さ、食べるよ」 俺は気を取り直してパフェに視線を移す。 強めのチョコの香りが漂う、濃厚なチョコレートパフェ。異様に長いスプーンが二つ添えられている。 「パフェのスプーンって長えなあ……使いにくそ」 パフェなんて自分じゃもちろん頼んだ事ないし、麻奈美も頼まねえからほとんど初めて見るんだよな。 「……そりゃ、カップル専用パフェなんだから当然でしょ?」 と、桐乃。 「カップル専用だと、なんで長いんだよ?」 すると、眉間にシワを寄せた呆れ顔で、無知な兄貴を恥じ入るように顔を赤らめつつ桐乃が言う。 「も、もう、相変わらず勘が鈍いなあ。じゃあ、実際に使ってあげるから……見てなよね?」 すると桐乃はスプーンを手にとり、器用にパフェのアイスやクリーム、チョコレートソースなどをからめて スプーンの上に、一口サイズのパフェを完成させる。 「い、いい? これは、こういう風に使うの……」 そう言って、対面に座る俺の方に向かってスプーンを突き出してくる。 「な、なんだよ?」 急な攻撃に身を引く俺。 「ほ、ほら! 早く、口を開けなさいよ!」 「な……!」 ま、まさかこれは……空気を読めないバカップルのみに許される、あの、ハイ、アーンって奴なのか? 「きょ、兄妹でこんな恥ずかしい事、出来るか!」 いや、兄妹でなくても、こんなことムリだ! 「バ、バカ! 兄妹とか大きい声で言うな! カップル専用パフェを、別個に黙々食べてる方がよほど恥ずかしいでしょ!」 そ、そうか? そういうものなのか? 「はやく……ンもう! 周りから見られてるじゃん……!」 桐乃が顔を真っ赤にしてそう訴える。きっと俺の顔も、同じように赤くなってるに違いない。 「わ、わかったよ……」 郷に入っては郷に従え。旅の恥は掻き捨て。 そんな言葉を頭の中で走らせながら、俺は桐乃の差し出したスプーンにかぶりつく。 「ど、どう? 美味しい?」 「あ、ああ……」 味なんてわからねえよ! 「ほんと? じゃ、じゃあ、あたしも食べてみよっかなあっ」 微妙に不自然な棒読みっぽい台詞を吐きながら、桐乃が再びスプーンでパフェをすくう。 そして、先ほど、俺の口の中に突っ込んだスプーンを、自分の口元へと持っていく。 (お、おい……!) 声にならない声を挙げつつ、スプーンが桐乃の口の中に飲み込まれていく様を見守る。 俺は、スプーンが加えられた桐乃の唇から目が離せなくなっていた。 「ほ、ほんとだ。美味しい……」 桐乃の口から出てきたスプーンには、桐乃の唾液とクリームが混じった後が残っている。 そして桐乃はそのスプーンの先と俺を交互に見つめながら…… 「あんたも、もう一口……どう?」 その桐乃の言葉に、思わずのどを鳴らして唾を飲み込む俺。 「あ、ああ」 そう同意の言葉を述べると、再び、桐乃の口の中に入ったばかりのスプーンが、俺の口の中に運ばれる。 俺は、妹の唾液の味を感じ取ろうとスプーンを強くなめてみた。もちろん、良くは分からなかったが…… 「ふう……」 俺は、一発抜いたような倦怠感と疲労感に襲われていた。 しかし、パフェはまだ、二人で三口食べただけ。ほとんど全くと言っていいほど減っていなかった。 「つ、次はそっちの番……」 脱力している間もなく、桐乃が突然そんな事を言ってくる。 一瞬、俺はその言葉の意味がわからなかったが、桐乃の視線がパフェに添えられた、 もう一本のスプーンに注がれているのを見て、ようやく理解した。 ま、まさか。俺にも今のと同じ事をやれと……? いいだろう。ここまで来たら、もう後には引けない。 (なぜ後に引けないと思ったのかを冷静になってから思い出すと、また例の悪い癖が出ていたようだ) 俺はスプーンを不器用に操りながら、桐乃がやったのと同じようにスプーンの上に小ぶりなパフェを完成させる。 「ほ、ほら……」 おそるおそる、桐乃の口元めがけてスプーンを運ぶ。しかし口元までスプーンを寄せてみると、 どうもスプーンの上にパフェを乗っけすぎたらしく、桐乃の小さな口には収まりきらない感じだった。 「わ、悪い。すくい直す」 そう俺が言うと、桐乃は、 「い、いいよ。大丈夫」 と、答えて、口を精一杯大きく開いて俺のスプーンを咥え込もうとする。 しかし、やはり多すぎたのかちょっと苦しそうだ。 「あん……」 「だ、大丈夫か?」 「うん……」 桐乃はなんとかパフェを口の中に収め、口内でクチュクチュとさせながら、ようやくパフェをコクコクとのどを鳴らしながら飲み込んだ。 唇の端からトッピングのミルクソフトクリームが垂れている。こ、これはなんというか…… 「も、もう一口いくか?」 思わず俺はそんな言葉を発していた。 そんなこんなで、パフェの4分の1くらいを食べさせっこした後、やはりこれでは埒があかないと、 結局、個別に黙々食べる事になってしまった。 味は確かに悪くなかったが、いかんせん量が多い。俺はピラフを追加することをやめた。 なんとか完食した後、口なおしの紅茶をドリンクバーで二人分いれてテーブルに戻ってくると、 桐乃がポラロイド写真らしき物に蛍光ペンで何やら書いていた。 「なんだ、それ?」 写真を除きこむと、それは先ほど撮られたらしい、俺と桐乃の写真だった。パフェを中心に、わたわたした俺の顔と、 小さくピースして可愛く笑う妹の顔が写っていた。コイツ、さすがに写りなれてやがるなあ。 俺がピースサインなんてしたら、きっと小学生のガキみたいな感じになっちまうに違いない…… 写真の余白部分には、「美味しかった」とか「また来ます」とか、星だのなんだの、ゴテゴテ装飾付で書かれている。 「それ、どうすんの?」 「お店に飾ってもらうの。ほら」 そう言って桐乃が指し示した壁には、一枚の大きめのコルクボード。 そこには、「来店くださったらぶらぶ☆かっぷるの皆さん」と言う見出しの元、 先ほどのパフェを囲んで笑顔のカップルたちの写真が何枚も貼られていた。 「お、おい、それはマズくないか?」 俺は慌てて桐乃に問う。 「なんで?」 と、真顔で聞き返す桐乃。 「だ、だって。おまえ、学校の友達とかに誤解されたら困るんじゃないのか?」 「困んないって。仲のいい友達はみんなあんたの事、知ってるし」 ああ、こないだ家に来てた連中か……でも考えたら階段下でもつれあったとこ見られたりしてる分、余計、やばくね? 「いや、俺が言ってるのはだな……たとえば、おまえの事を、その……好きな男子とかがだな、 お前に、その、か……彼氏がいるって勘違いしたりしたら……その……まずくないか?」 俺はしどろもどろになりながら、桐乃に懸念を伝えた。 すると桐乃は、「別にィ」と一笑に付す。 「誤解されたらむしろ好都合。手紙もらったりコクられたりしょっちゅうだけど、正直、ウザくて困ってるし」 相変わらずの尊大な物言い。が、なぜかある意味、ほっとする。 「で、でも、中にはおまえが気に入る奴がいるかもしれないだろ?」 すると桐乃はケラケラと笑った。 「まさか! 同じ学校の男子なんてみんなガキっぽいし、興味ないって」 だとさ。まあ、確かに、中高生って女子の方が男子に比べると色々、大人びちゃいるが…… 「私の友達、みんなそう言ってるよ。私とかも、恋愛対象になるのは……」 そこまで言って、桐乃は恥ずかしそうに目を伏せる。そして、上目遣いでチラチラとこちらを見ながらようやく言った。 「せいぜい、あ、あんたくらいの年から……カモ」 「そ、そっか」 な、なんだよ。その意味深っぽい言い方……またからかおうとしてんだな? そうだな? 俺は、それ以上、この件に触れるのをやめた。 それにしても、明日あたりにはあのコルクボードに、俺と桐乃の写真がカップルと称されて 貼り付けられているのだろうと想像すると、色々とむずがゆい気分になるのだった。 (第二章 終)
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http //yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1273071103/781-789 1巻1章 桐乃視点 DVDケース 「ない!?」 なんどもなんどもバッグの中をゴソゴソと探って見回したが、ついぞ『ほしくず☆うぃっちメルル』のDVDケースは出てこなかった。 「なんで無いのよぉ~……」 諦めきれずバッグの中をのぞくが、魔法のようにパッと出てくるわけが無い。 そもそも、友達と会って少し話をするだけの予定だったのだ。 バッグの中はDVDケース以外には財布とわずかな化粧品しか入れていなかったのだから、荷物の中に隠れてしまうようなことはない。 「うぅ、あたしのメルルちゃん……グス」 なんて痛恨のミス、おもわず涙が出そうになる。 以前にDVDケースを店頭に持ってくるとレアカードが1枚貰えるというトレカのイベントに持って行き、そのままバッグに入れておいたのが間違いだった。 出かける前に取り出しておけばよかったんだけど、ケースの表紙からあたしに向けてくる愛くるしい笑顔に負けてそのまま持ってきちゃったんだよね。仕方なくない? ――はぁ。ま、いつまでもバッグの中を見てたって仕方無いよね。いなくなったメルルちゃんの行方を捜さなきゃ! 待ってて、メルルちゃん! 「んーとぉ、バッグの中に無いってことは落とした――ってことだよねぇ」 気をとりなおしてメルルちゃんがどこでいなくなったのかを考える。 一番に思い当たるのは、……やっぱあの時だよ、ね。 家を出る時、玄関でアイツとぶつかってバッグの中身がぶちまけられてしまったのだ。 おそらくそのときにDVDケースを落としたんだと思う。 それ以外には、さっき気が付くまで外でバッグを開けることなんて無かったし。 となると――、 「まっず、早く帰らないと!」 もし、万が一、億が一にもアイツやお母さんにメルルちゃんが見つかったら。 考えただけでもゾッとしてきた。あたしの趣味がバレてしまう。そうなったら………。 いやぁぁぁぁぁぁぁぁ! 考えたくない考えたくないぃぃぃひぃぃぃぃ! 思わずそこが路上だということを忘れて頭を抱えてのたうち回ってしまった。 あーもうクッソ! な・ん・で、あたしがこんな目にあわなきゃいけないのよ!? こうなったのもアイツのせいだ。思い出してもイライラするっつーの。 アイツ、高坂京介はあたしの……………………いちおー、まぁ『兄』だ。 でもここ数年アイツを兄とはあんま思ってない。ていうか他人? 最近は会話だってほんどしてない。 たまに口をきいても家族として必要最低限の『いってきます』『ただいま』『ご飯』『お風呂空いた』といったくらい。 どうしてそんな関係になったちゃったかなんて――フン、知らないっつの……。 とにかく、アイツの『おまえなんか知っちゃこったーよ』って態度がなんかムカつくのよっ! ハ、こっちだって別にアイツのことなんてどうでもいいんですケドねー。 まぁ、そんなわけでアイツは何かあたしをイライラさせる存在ってこと。 散らばった化粧品に手を伸ばしてきた時もつい衝動的に手を払ってしまった。 メルルちゃん見つかったらヤバイって焦った気持ちもあったケド。 でも……、あれはいちお~拾おうとしてくれてたんだよ…ね? フ、フン! だからどうだってのよ。ぶつかったんだからトウゼンって感じだけどサ。 そんなことよりD・V・D!D・V・D! 待ってて、あたしのメルルちゃーん! 心の中でアイツに悪態をつきながら、あたしは全速力で家へと駆け出した。 午後7時過ぎ、あたしは我が家の食卓で夕食のカレーと味噌汁を食べていた。 お母さん。どうでもいいけど、せめてカレーのときは味噌汁じゃなくてスープにでもしてくれないかな? 前に学校でカレーと味噌汁がいっしょに出てくるって言ったら笑われちゃったよ。 あれから帰宅して――玄関をくまなく探したけど、結局メルルちゃんを見つけられなかった。 ひょっとして~と思ったが、キッチンでカレーを煮込んでいたお母さんにメルルちゃんを拾ったような素振りは無い。 そしてアイツ。さっき玄関にいるあたしに向かって『何してんだ?』と聞いてきた。 うっさいわね、アンタのせいでこんな目にあってんジャン、バカ。 でも、いつも通りどーでもよさげーな態度だった。 はいはい。アンタはあたしに興味なんてこれっぽっちも無いもんね。 フン、こっちもだけど! というわけで、たぶんアイツもシロ。 お父さんも、あたしより後に帰ってきたから、当然シロ。 どうやら家族に見つかるという最悪の事態は無かったようだけど…。 そうなってくると――メルルちゃんどこ行ったのよ? 食事が済んだら部屋を探してみよ。もしかしたら持って出たのは勘違いとも考えられるしね、うん。 そんなことを考えてると、隣にいるバカがなんか言い出した。 「俺、メシ喰ったらコンビニいくけど。なんか一緒に買ってくるものある?」 「あら、じゃあハーゲンダッツの新しいの買ってきてちょうだい。季節限定のやつね」 「ほいよ」 あー、TVのCMでやってたなぁ。あたしも食いたい。 かといって「買ってきてよ」なんて頼むような間柄じゃないので後でお母さんに言おう。 そうすれば経由してコイツに買わせることが出来る。ウンウン楽しみ楽しみ。 あたしがアイスに思いをめぐらせていると隣のバカはさらに会話を続け――、 「そういやさ。俺の友達が、最近女の子向けのアニメにはまってるらしいんだけど。えーと確か、ほしくずなんとかっつーやつ」 「なぁに、突然?」 「イヤ別に、面白いってすすめられたからさ。一回くらい観てやってもいいかなって」 「やぁだー、そういうのって確かオタクっていうんでしょ? ほら、テレビとかでやってる……あんたはそういうふうになっちやだめよー? ねぇお父さん」 「ああ。わざわざ自分から悪影響を受けに行くこともあるまい」 ………………………………………………。 ナニコレ、ドウイウコト? 聞き間違いじゃ……ないよ……ね? 今コイツ……なんて言った…………? この……まさか……こ、こ、この隣にいるこの、この、こ、こ、こっ!? 心臓がバックンバックン鳴りだし頭が真っ白になってあたしは何にも考えられなくなった。 息も苦しいし、目の前も暗くなっていく。まるでオーバートレーニングして全力疾走でトラック何周も走ったみたいな。 「……桐乃?」 お母さんがあたしの様子が変なことに気付いたようだ。 ま、ままままずい! と、と、とにかくここを――に、逃げなきゃ! 「……ごちそうさまっ」 そう言うだけで精一杯。 早口にまくしたてるとあたしはすぐに席を立ち自分の部屋へと戻り鍵をかけた。 ――部屋に入っても動悸の方は全然治まってくれない。そのままフラフラとベッドに倒れこんだ。 ……最……悪。 サイアク、サイアク、サイアク、サイアク、サイアックッ! 自分の部屋という安全地帯に戻ってようやく動き出した思考だが、気分は本当に最悪中の最悪といって言いほどの最悪だった。 ……アイツがあんなこと言いだしたのはどう考えてもあたしのメルルちゃんを見つけたからだ。 そうとしか考えられない。アイツ普段はアニメ見ないし。 マンガ雑誌くらいなら買ってるけど、それだって毎週買うほどの熱心さじゃない。 暇つぶし程度だ。(先週号を買ってなくてイライラした記憶がある) つまり、それほどアニメに興味ないやつがいきなり夕食時に、しかもキッズアニメである『ほしくず☆うぃっちメルル』の話題を出すわけが無いっ! ――おそらくこういうことだろう。 あたしが出かけた後、アイツはメルルちゃんを見つけ、拾い上げる。 そしてぶつかった拍子にあたしのバッグから落ちたものだと推測し、メルルちゃんの表紙を見て、そして、そして中身を……。 にぎゃぁぁぁぁぁぁ!? いやあああああああああああ! な、中身、ぜっったい見られてるよねっ!? 『妹と恋しよっ♪』の〝エロゲディスク〟を! 我が家にありそうに無いものが落ちてたんだもん、確かめるに決まっている。 「な、なんでこんな。よりによって一番知られたくないヤツが拾ってんのよぉ……」 泣きそうだった。てか、もう目から溢れてきそうだ。 アイツが何考えてるかなんて分かんないけど、どーせバカにするのは決まってる! 食卓であんなこと言い出したのも、家族の前であたしの秘密を暴露してあざ笑うつもりだったんだ。 頭の中にひとつも楽観的な思考なんて生まれてこない。 アニメやエロゲが大好きなだけに、それに対する世間の風当たりの強さは良く分かっているから。 アイツはいわゆる一般人なわけだし、アニメやエロゲについてなんて偏見の塊だ。 ということは……、『キモチワルイ』って思われる……。 『こんなゲームなんてやってんのかよ、ウェ』とか蔑んだ目で見られる……。 ――くやしさや恥ずかしさ、悲しさから、目に溜めきれなかった涙がこぼれでた。 「っふ……っひ……ぅく……」 なんでよ? なんで泣いてんのよあたし。ずっと隠してた趣味が見つかったのはイタいけど、ここまで苦しいなんて。 そんな気にするほどのもんでも……ないじゃん、アイツなんて。 どうでもいいアイツなんかになんて思われようがさぁ……? あたしのことなんてちっとも見ようとしないアイツのことなんて……アイツなんて……。 ――クソッ! 泣くなあたし! 泣いたってもうどうしようもないじゃん。 鬱ってる場合じゃないって。 これからずっとアイツと顔合わすたびにこんな気持ちになるなんてたまらない。そんなのくやしいしムカつく、ガマンできないっての! これまでだってうまく隠してこれたんだから、きっと今回のコレも何かうまく解決する方法があるって! 考えろ、考えるのよ桐乃! グイッと服のすそで目を拭って、あたしはこの先のことを考えだした。 しかしどうするつっても、う~ん具体的にはどうしよう? あたしの心の平穏を取り戻す為に一番手っ取り早そうなのは――アイツをコ○スことよね。 完全犯罪の方法でもググってみようかな? そんなことを頭に浮かべているとドアの外からいきなり声が聞こえてビクンとなった。 「さぁて。コンビニいくか」 ア、アイツか。驚かせんなっつの。 ていうか夕食のあと、あたしに何か言ってくるかと思って不安だったけど……? もしかして、あたしの弱みを握って余裕ぶっこいてるってやつ? いつでもおまえのことなぶれるんだぜぇ~、へっへっへ――とでも思っちゃってんの? キモッ! むぅ~、ただそうは思っても…、メルルちゃんの秘密を知られているあたしにはどうにもできないもどかしさがある。 アッ~~ムカつく、ムカつく、ムカつく、ムカつ――……ん? アイツ、今コンビニ行くって言ってたよね。 ……ということは!? サッとドアに近づき、廊下の音に耳をたてる。 1階の方からバタンッと玄関の扉が閉まる音、それを聞いて今度は窓際に移動しカーテンの端っこからそっと外の様子を窺う。 見ると、アイツが歩いていく姿が見えた。間違いなくコンビニに向かっているようだ。 今しかないっ! アイツがいない間に部屋へ侵入してメルルちゃんをを救出し、あとはアイツが何を言ってきても知らん顔を決め込む! まさに千載一遇のチャンス到来、キタコレ~ッ! 「ふっふっふ、余裕ぶっこいてるのがアダになったわね。ブァ~~~カめ」 ――アイツが角を曲がったことを確認した後、あたしは即行動に移した。 部屋を出てから足音を立てないようにサッと隣のアイツの部屋へ侵入する。 こちらスネーク。大佐、侵入に成功した。 ミッション遂行時間はアイツがコンビニから帰ってくるまでのわずかな時間。 買うもの買って最短時間で戻ってきたとして、おおよそ10~15分といったところ。 のんびりもしていられない、急がないとね! ――まずは机から。ガラッ。 机の中にはノートや筆記用具、あとはこまごました小物類とコミック本一冊だけ。 体を九の字に曲げ、奥の方まですみずみ見たがメルルちゃんはいない。くそっハズレか。 本棚もザッと見たが無さそうだ。もしかしてあたしが探しに来ることを考えて隠してんのかも? チッ、ウザッ! 次はベッド、布団をめくって見るが無い。枕の下も確認したがそこにも無い。 敷布団の下――やはり無い。 「むぅ~、どこに隠したのよ。アイツ」 あせるな。まだ時間はたっぷりある。落ち着け。 フーッと息を吐き出してベッドを見下ろしていると、床とベッドの間にスペースがあることに気が付いた。 これは……、怪しい。四つん這いになってベッドの下を覗いてみる。 はたして……、あきらかに怪しいダンボール箱がそこに鎮座していた。 ――この中かもしれない。 もしメルルちゃんが見つからなくても、このダンボール箱の中にはアイツの見られたくない『何か』が入っている予感がする。もしかしたら良い取引材料になるかも。 いやいや、メルルちゃんを救出すれば今後こちらが一方的に優位にも立つことが出来るアイテムだ。 フフン、覚えてなさいよあのバカ。このあたしをここまで苦しめたツケは万っ倍にして返してやるんだからね。 しかし、嬉々としてダンボール箱に手を伸ばしてメルルちゃん救出ミッションに夢中になっていたあたしは、すぐそこに迫っている存在に気付くことが無く――、 ギィッ! 「………………………………………おい…………何やってんだ?」 「……っ……!?」 心臓が止まるかと思った。 な、ななななななんで!? 嘘でしょ? どうしてコイツがここにいるワケ? 四つん這いのままでこわごわ振り向くと、そこにはまぎれもないアイツが目を見開いてこっちを見ていた。相変わらず冴えない顔。 なんで、こ、こんな早く戻ってきてんのよぉ! 「……何やってんだ? って聞いたんだが?」 「………………なんだって、いいでしょ」 とっさに言い訳を考えようとしたが、狼狽して何も思いつかない。結局なんとか吐き出せたセリフはただの返答拒否。 「……よくねえだろ? 人の部屋に勝手に入って、家捜しして……おまえが同じことされたら、どう思うよ?」 あたしの方を見て冷静に突っ込みをいれてくる。 ………グ。言ってることが正しいだけに反論する単語一つさえ浮かんでこない。 「………………」 くやしさと、後ろめたい行動の羞恥で顔が熱くなっていく。 ――今になって気付いた。コイツ、コンビニ行くって言ったの嘘だったんだ。 ちょっと考えれば分かりそうなものじゃん。何かんたんに引っかかってんのよあたし。 「どいて」 あたしは立ち上がると部屋の出口に陣取っているコイツを精一杯にらんで言ってやった。 ムカついてムカついて、何か言い返したかったが、それよりも1秒だってここには居たくなくなかったし、1秒だってイヤな気持ちを味わいたくなかった。 「やだね。俺の質問に答えろよ。――ここで何やってたんだ?」 ビビって体をどけるかと思ったけど、コイツから返ってきたのは容赦ない追撃の言葉だった。 くそっ! 中学の男子たちならたいてい目を合わせるだけでキョどって道を譲るのに! 「どいて!」 もう一度語気を強めて言い放つ。 「……分かってんだよ。おまえが探してるのはコレだろう?」 「それ……!?」 「おっと」 コイツが手に持ってたのは――あたしのメルルちゃん!? メルルちゃん! とっさに手を伸ばしたが、一瞬早く手を引かれ空しく空を切った。 「ふーん。やっぱコレ、おまえのだったんだな?」 ケースをトントンと叩きながら聞いてくる。 「……そんなわけないでしょ」 ……くっ。無駄かもしれないが否定してみる。 「違うのか? これ、夕方玄関で拾ったんだが。俺とぶつかったときに、おまえが落としたんじゃねえの?」 質問口調だが、もう確信を得ているんだろう。畳み掛けるように聞いてきた。 「絶対違う。……あたしのじゃない。そ、……そんな……子供っぽいアニメなんか……あたしが見るわけない……でしょ」 「コレを探してたんじゃないなら、じゃあおまえ、俺の部屋で何やってたんだよ?」 認める言葉を吐かないあたしにラチがあかないと見たのか、ため息一つ吐いて今度は部屋へ無断で入った件について聞いてきた。 「……それは……それは!」 「それは? なんだよ?」 当然答えられるわけ無い。あたしがコイツの部屋に入ったのはメルルちゃんを見つけるためであってそれ以外にコイツの部屋に入ることなんて絶対にないからだ。ましてベッドの下を探るなんてあり得ない。コイツもそれが分かったうえで聞いてきてるハズ。 「………………………………」 何か言い返したいけど一呼吸分の言葉さえ浮かんで来ない。 それはあたしの――とても大好きな、とても大事なものだ! さっさと返せって叫びたい気持ちと、でもバカにされたくない蔑まれたくないって気持ちがせめぎあってあたしは押し黙って体を震わせるだけだった。 言いたいことはたくさんある気がするのに……。 ――なんでこんなイヤな思いしなきゃ……なんない……のよ。 ふいに悲しい気持ちが強くなってきた。 ただ、あたしは好きなものを…好きなことを……してたいだけなのに………! あんまり褒められたような趣味じゃないってのは分かってるけど。 だってっ……、それでもっ……、あたしは、あたしはコレが楽しいんだもん、好きだもん! コイツもコイツだ、そんなに妹いじめて楽しいの? あたしのこと無関心で見もしない。あたしが陸上で頑張ろうが勉強で良い成績取ろうが、流行のファッション取り入れて綺麗になろうが全然見てくれない……。 ようやく、話したかと思えばコレだ。 子供の頃はまだコイツは兄貴であたしは妹で、兄妹できてたと思う……。 いつの間にかこうなってしまった関係。どっちのせいなんてのも、もう分かりはしない。 なんでよ、どうして? どうしてこんな……。そんなにあたしのこと――なの? 「……………っ……………」 気付いたらコイツの顔をずっと真正面からニラみ続けていた。秘密を知られた恥ずかしさからか悔しさからか、悲しさなのか――それとももっと別の『何か』なのか…。 よく分かんないよ、そんなの………………。 ――あたしが黙ってニラんでると、ふいに胸にメルルちゃんが押しつけられた。 「ほらよ。 大事なもんなんだろ? 返すから、ちゃんと受け取れ」 「だ、だから、あたしのじゃ……」 もうどう考えてもバレてるのは分かりきっているのにとっさに否定してしまう。 だが、そんなあたしの言葉をさえぎってコイツはこんなことを言った。 「じゃあ代わりに捨てといてくれ」 「は?」 一瞬――何を言われたのか分からず素で聞き返してた。 「悪かったな、俺の勘違いだった。コレがおまえのもんじゃないってのは、よく分かったよ。誰のなんだかしらないが、俺が持っててもしょうがねえ。謝りついでに頼むわ。コレ、おまえが捨てといてくれねえかな、俺の代わりに」 そう言うと、部屋の出口を空けてくれた。 言葉の意味がメルルちゃんのことも、部屋に勝手に入ったことも、忘れてやるって意味だとはすぐに理解出来たけど……。 えっと、見逃して……くれん…の? 何で? 「………………ん……ベ、別に……いいけどさ」 それだけ言うとあたしは部屋を出た。入れ替わりにコイツは部屋へ入っていく。 よく分からない。さっきまであたしのこと追い詰めるように詰問してたのに? でも、コイツの言葉があたしを一瞬で楽にしてくれたのは確かだった。 メルルちゃん――。あたしのとても好きなもの、大事なもの――。分かってくれ…た? あたしのこと――考えてくれた……? 「……ね、ねえ?…………やっぱ。……おかしいと、思う?」 無意識のうちにあたしは振り返ってこっちから話しかけていた。 「なにが?」 「だから…‥その、あくまで例えばの話。……こ、こういうの。あたしが持ってたら……おかしいかって聞いてんのっ……」 祈るような思いで答えを待つ。 「別に? おかしくないんじゃねえ?」 「……そう、思う? ………………ほんとに?」 「ああ。おまえがどんな趣味持ってようが、俺は絶対バカにしたりしねえよ」 「ほんとにほんと?」 「しつけえな、本当だって。信じろよ」 「…………そっか。……ふぅん」 そっか。ふ~ん……、そうなんだ……。 趣味のこと……、あたしのこと……、バカになんか…しないん……だ。 おかしくない―― 俺は絶対バカにはしない―― 部屋へ戻っても『兄貴』の言ってくれた言葉が頭の中を何度もリフレインしていた。
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http //pele.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1301391825/19-26 ある日の夜、わたしはとある対戦ゲーム――『真妹大殲シスカリプス』のネット対戦のためにパソコンの前に鎮座していた。 わたしはRAPを巧みに操作しながら対戦相手の一瞬の隙を掻い潜り、超必殺技の2回転投げを叩き込んだ。決める難度は高いが一撃必殺の破壊力を誇るそれは相手の体力をみるみる奪う。 そして示された”YOU WIN!”の文字。 「ふふ、これで拙者の勝ち越しでござるな京介氏」 パソコンに表示される金髪ロールに渦巻きメガネのアバターが先程の対戦相手――京介さんへとコメントを表示する。 今のわたしは対外的には『沙織・バジーナ』であるから。 『くそー、さすが沙織は上手いな。黒猫ほどじゃないにしてもダイヤ有利なはずなのに負け越すとは』 京介さんのアバターは桐乃さんのメルルである。基本的に1つのゲームには1つのアカウントしか取れないため、自分のアカウントは作れないのだろう。 「相手が勝ち誇ったときそいつは既に敗北しているのでおじゃるよ。京介氏は有利に立ったときの立ち回りがおろそかに感じまする」 『うーむ、確かに言われてみればそうかもしれないな。もっと練習しなきゃな』 「精進めされよ、でござる」 まだ会話が終了してはいないけれども、わたしはキーボードに伸ばしていた手をだらりと下に降ろし、背もたれに体を預けて伸びをした。 格闘ゲームは他のゲームよりも一戦ごとの集中力が多くかかるので疲れやすい。 それにしても。 (相変わらず、なんて妹思いの方なんでしょう……京介さんは) 忌憚なく彼女は心の中で思った。 文字通り妹キャラしか登場しない『シスカリプス』をプレーするのは京介さんにとって本来気分のいいことではないはずだ。 それでも桐乃さんの対戦相手として力になってあげるために彼はこのゲームをやりこんでいるのだろう。あるいは。 (瑠璃さんや、わたしのためでもあるのかもしれない――いや、わたしのためであってほしい? わ、わたしは何を……) 頭の中に漠然と生まれた妄想を真っ赤になって打ち消していると、京介さんから返信が返って来ていた。 『そういえばさ、沙織』 「なんでござるか?@ω@」 画面を介した通信だったことが幸いして平静を装うことは用意だった。 『明日の休み、暇だったらちょっと付き合ってくれないか?』 (――――ッッ!?!?) そんな装った平静を吹き飛ばすようなナパーム弾が投下されてきた。 「ど、ど、どういうことですかっ!?」 『いや、ちょっと買い物にだがな……ってそんなに驚かんでも^^;』 ああ、買い物に……と少し落ち着いたものの、いまだ動揺は隠せていない。とりあえずは情報を集めなくては。 「どこへ何をしにでござるか?」 『いやな、最近勉強やらゲームのやりすぎか視力に若干不安が出てきてな。眼鏡でも買おうかと思ったんだけど一人じゃと思ってさ。場所は決めてないけど眼鏡なら大体どこでも一緒だろ?』 「きりりん氏や黒猫氏も?」 『いや、桐乃はモデル業で少し遠出するらしくて、帰りは夕暮れぐらいになるらしい。黒猫は妹が風邪を引いてしまった(黒猫曰く”下界の瘴気にあてられた”らしいが)らしくてダメだってさ。 麻奈実でもいいんだが、あいつはそういうファッション系に疎いからな……沙織がいてくれれば俺としては自信がもてるんだけどな……ダメか?』 「拙者でよければ、もちろん付き合わせていただきますが」 そんなことを言われて断れるわたしではなかったし元より予定はなかったのだが、京介さんと2人っきりという状況が否応なく自分の鼓動と罪悪感を高めていく。 『そうか、そりゃよかった!場所はどうしよっかな……やっぱ俺が横浜まで行ったほうがいいかな?』 「いえ、お気遣いなくでござる。せっかくだから拙者が千葉まで伺いまするよ」 『沙織がそう言うのならありがたく承るけど。じゃあ後で何かおごるよ』 「ふふっ、楽しみにしてるでござる」 『わかった。それじゃあな ノシ』 「しからば ノシ」 京介さんのオフラインを確認してからわたしはひときわ大きな深呼吸をした。 「京介さんと……デート……」 高坂京介。わたしの最も信頼する男の人。 容姿は決して良いとは言えない。けど、身近な人――特に桐乃さん――に対する献身や努力、奔走をわたしはずっと見届けてきた。 わたしを心配するあまりに桐乃さんや瑠璃さんと一緒にこの家に駆けつけてくれたこともあった。……でも。 「京介さんを信頼しているのはわたしだけじゃない……」 それがとりわけ大きなふたりの友人に、まだ話したこともないあのひとの幼馴染の方。 後者はともかく、前者の京介さんへの感情が単なる信頼だけじゃないのは傍から見ていてもすぐに分かる。それを考えるだけでわたしの胸はちくりと痛んだ。 「わたしは……どうすればいいのかしら」 答えの出ない問いを宙に紡いだまま、わたしはゆるやかにベッドへと潜り込んだ。 朝早くに目が覚める、というか覚めてしまい、わたしはシャワーを浴びるとおもむろに着替えを始めた。 服装はいつものオタクルックに渦巻き眼鏡。結局のところ人見知りの激しいわたしはこの格好でいた方が余計な干渉がかからず楽なのだ。わかってくれる人だけわかってくれればそれでいい。 はやる気持ちを抑えつつ予定の時刻に余裕を持たせて千葉駅の待ち合わせ場所に着くと、すでに京介さんはやってきていた。 「待ちました?京介殿」 「いや、そんなことはないぞ。俺が誘った上に俺のほうが近いんだから早めにいなきゃおかしいだろ」 「それもそうでござるな」 「即答かよ!まあいいや、何か食べるか?昼前だけど」 「それじゃあ再開を祝してマックでも。当然京介殿のおごりでね」 「最初からそう言ってたけどな。まだ月は見えないから沙織のターンだな」 「お、拾ってくださるとはさすが京介殿」 「ははっ」 マックのセットを京介殿におごってもらったあと、一息ついてから本命の眼鏡ストアに向かった。 「着いたぞ。ここだ」 「ほうほう。さすが千葉の駅前、なかなかの品揃えでござるね」 「さて、沙織の出番だ。思う存分探してくれ。もちろん俺も自分で探すには探すけどな……」 あまり自分で探すのに気が乗らなそうな京介さん。以前のコスプレが酷評されたのがよほどトラウマになっているらしい。 「了解でござる。うーむ……京介殿の嗜好とかはありまする?それも判断材料に加えたいと思いまするが」 「そうだな……フレームがあった方がいいかな。眼鏡があるならあるなりのファッションてものを求めたほうがいいかと思うんでな」 「ふむぅ、京介殿もメガネフェチ故のこだわりが自分にもフィードバックされておるのですな」 「メガネフェチ言うな!そりゃ否定はしないけどよ!」 「はははは。では、こんなのはいかがです?」 そう言ってわたしは京介さんに陳列されていたもののひとつを渡した。 「これは……よくあるフレームだけど、赤か。ちょっと派手じゃないか?」 「顔が肌色だから案外目立たないものでござるよ。意外と悪くないと思いますが」 「そういうもんかねえ?まあいいや、かけてみるよ……これでどうだ?」 京介さんが赤い眼鏡をかけて私を見据えてくる。その表情の真剣さに不覚にもドキッとしてしまった。 「おお……思った以上に良いでござるな……」 「へぇ?」 京介は存外な評価に感心して店に備え付けの鏡を見た。 「なるほど、悪くないな。さすが沙織だとほめてやりたいところだ」 「ありがたき幸せ。でもまだ最初のですからもっといいものがあるかもしれませぬ。只今一生懸命行方を調査しておりますのでもうしばらくお時間を」 「わかった。それじゃあしばらくは分かれて探そう」 そうしてわたしと京介さんは別々に散策を始めた。 京介さんの眼鏡をわたしだけが選べる、すなわち私色に染め上げられると思うと妙にときめくものを感じながらわたしは丹念に眼鏡を探していき、ある程度いくつかよさげな物を見繕ったあと京介さんと合流した。 後にして思うと、ここが運命の分岐点だったのかもしれない。 「だいたいこんなものでどうかと思いますが」 「なるほど。じゃあ俺が探したのと合わせて一つずつ試してみるか」 そうして京介さんの擬似ファッションショーが始まった。 ノンフレームのもの、ハーフフレームのものを加えて様々なデザイン、色を組み合わせて、まるで着せ替え人形のようだ、と少しおかしく思った。 「うーん……10個以上試したけど、やっぱり最初の赤のフレームが一番かな。これにしようか」 「そうでござるね。拙者も色々見繕いましたがそれが一番しっくりくる気がするでござる」 「じゃあこれで俺のは決まったな。……それじゃ、せっかくだから沙織のも新しく買ってみないか?」 「え?」 わたしはきょとんとして間の抜けた返事をしてしまった。少し期待していたとはいえ、京介さんがそんな大胆な提案をしてくるとは思っていなかったからだ。 「そうだな……じゃあ、まず試しに俺のと一緒のこれをかけてみるか?」 「は、はい……」 京介さんがかけていた買う予定の赤眼鏡を受け取ると、わたしは自分の渦巻き眼鏡を外しておずおずとかけてみた。 「ど、どうですか……?」 「おお、よく似合うじゃないか。さすが元が極上だから何でも似合うのかな。じゃあおそろいで買うか」 「あ、ありがとうございます……」 そう言うと京介さんはニッと笑いかけて、一緒にレジへと向かった。 そして清算を二人で済ませ、あらかじめ眼科の処方箋を受けていた京介さん用にレンズを調整してもらって製品を受け取り(わたしは伊達だったのでそのまま)、揃いの眼鏡をかけたまま店を出た。 と、その時。 「………?」 体が、熱い。 京介さんを見ているだけで動悸が激しくなるのが自分でも分かった。頭も良く回らないのを実感する。 京介さんとおそろいの眼鏡をかけている、その事実もまたわたしの興奮を助長するファクターになっていた。 「今日は付き合ってくれてありがとうな沙織――ってあれ?どうした沙織?」 「えっと、あの……なんでもありません……」 「なんでもないことないだろ、明らかに顔が赤いぞ。もしかして調子悪かったのか?」 こういう時ばかり鋭いのがこの人のずるい所だ。つい甘えたくなってしまうではないか。 「ええ……先程から、少し、気分が……」 「やっぱりそうなのか。じゃあ近いから俺の家に向かおう。多分桐乃のベッドが空いてるはずだからさ」 「え!?は、はい……」 もはやあまり考える余裕もないまま頷いてしまった。気こそ失わないものの、本当に熱でもあるかのような体の熱さだ。軽く体がふらつく。 「おい沙織!?……くっ……!」 京介さんは周りに人がいないのを確認してから軽く逡巡し、意を決したようにわたしをおぶって小走りに動き出した。 「きょ、京介さん!?」 「思ったより容態が悪いみたいだから四の五の言ってる場合じゃなさそうだ!もう1kmないからこのままおぶって行く!」 「で、でも拙者は重いんじゃ……」 「なせばなる!高坂京介は男の子ぉ!」 京介さんも恥ずかしいだろうにわたしの身の方を天秤にかけて決断してくれた。その思いに涙が出そうになった。が。 (……京介さんの臭いが……!) 走っているからであろう男くさい汗の臭い、それも京介さんのものであるということがわたしの思考を更に鈍らせた。なおかつおぶさっている関係上当然小刻みに体が揺れる。 そのことがわたしに起こっている変調をなんとなく理解させ始めていたが、そのままわたしは気を失った。 気がついたらわたしはどこかのベッドに寝かされていた。と思えば、このベッドにはどこか見覚えがあった。それもそのはず。周囲はいつも見慣れた風景が広がっていた。 「京介さんのベッド……!?」 その事実に直ちに思い当たると、起きる前までの衝動が直ちに沸き上がってきた。 京介さんの判断か買った眼鏡は外されて傍に置いてあったものの、疑惑を解消するためにわたしは再びその眼鏡をかけた。かけてしまった。 「……ぁっ!!や、やっぱり……!」 そう。この眼鏡はわたしの内なる感情――性的欲求を噴出させるためのパーツらしかった。 京介さんとおそろいの眼鏡。京介さんにおぶさってもらったこと。京介さんのベッドで寝ていること。 それら全ての要素が今まで溜め込んできた欲求不満を爆発させるように体に浸透してきていた。 思わず自分の胸、そして秘所へと手を差し伸ばしてしまう。 「んっ……!あ、はぁっ…・・・!」 ダメだ、こんなことをしていては、と頭は考えるも、体の、指の動きが止まってくれない。 もっともっとと性欲を掻き立てるように無意識のうちにわたしは服のボタン、ズボンのベルト、そしてブラジャーをも取り去ってしまった。 外気に晒された豊かな自身の胸とショーツの中を自分の意思など及ばないかのように指がまさぐる。 「んぁっ……京介さんに……さわられてる……ひぁっ!!」 もう沙織の乳首はピンと立ち上がり、秘部はグショグショに濡れていた。 「どうして、こんなに……あっ、ああっ!」 沙織は趣味の関係上18禁の同人誌などは数多く見ていたが、自分のを自分で触る、すなわち自慰は考えたこともなかった。それゆえに今の自分の淫乱な状態に同様を隠せなかった。 そして自らの指が乳首と剥かれた陰核をぎゅっとつまむと、増幅された性感はあっけなく絶頂をもたらした。 「ふぁっ、京介さ、んっ、あ、ああああああっ!!」 わたしの体は弓なりに仰け反り、ひときわ大きく痙攣した後にシーツをぐっしょりと濡らし、力なくへたり込んだ。 (こんなところ……京介さんに、見られたら……) 最悪の可能性を考えた瞬間、それは現実となった。 「どうした、沙織!……っ!?!?」 「ぁ……」 京介さんがお盆の上に雑炊とスポーツドリンクを乗せてドアを開け、そのままの状態で硬直した。 「そ、その……」 「い……いやああああっ!!」 羞恥が極限に達したわたしは、即座に胸を隠してベッドに潜り込んだ。